悪人

悪人

悪人

悪人が悪事を犯す様を描いた小説。おもしろかった。以下ネタバレ。
ある男性が、ある女性を絞め殺した。男性はなぜ殺したのか。女性はなぜ殺されたのか。それを追う話。
加害者と被害者双方の、事件前後の生活が語られる。事件に至るまで、どのような人間関係のなかで暮らしていたか。事件当日には、どのような思いを抱いて、どのような行動をとったか。そして事件後に、どのような変化が生じたか。とにかくこまかく、具体的に書かれている。読み進めると、両者の人間性がわかったような気になる。
それから、事件を追う文章の合間に、関係者による後日談が挿入されている。事件前後の狂騒的な日々と、その後、冷静になった人たちの生活が、交互に出てくる。テレビのドキュメンタリー番組のようなつくり。関係者の証言によって、加害者と被害者が当時、周囲からどうみられていたか、ということもわかってくる。
当事者の苦悩と、関係者の冷静な視点が同時に提示されていて、その温度差が恐ろしい。悪人が抱いている気持ちと、悪人がしたことに、落差がある。それが本人と周囲の人たちとの温度差を生んでいる。ひとつの悪事が、人を悪人にしてしまう。その恐ろしさが、たくさんの証言からじわじわと伝わってくる。
たぶんこの話の肝は、加害者が悪人にはみえず、むしろ被害者や容疑者のほうが、加害者よりも悪い人にみえるところにあるのだと思う。悪人と罪人が一致しない。だから読んでいて混乱する。罪を犯していないけれど、悪くみえる人。罪を犯したのに、悪くみえない人。その対比が、悪の境界線を問うメッセージになっている。
悪事が人を悪人にするのか、悪人だから悪いことをするのか、明確な答えは書かれていない。どんな人が悪人で、どんなことが悪事なのか。それもわからない。最後に残ったのは、罪の確かさと、悪の不確かさだった。そして罪人は最後に、それまでの不確かな悪事とは対照的な、確かな決意をみせた。よく書かれた悲劇だと思う。いい本だった。